東京高等裁判所 昭和31年(く)46号 決定
所論は、「刑法第二六条第三号は憲法第三九条に違反するものであるから同条に基いてなされた原決定は不法である。」というのである。けれども刑法第二六条第三号は、もし判決当時その前科のあることが判明していれば、執行猶予の言渡をすることができなかつた犯罪事実について、執行猶予の言渡をした場合に、後日その前科が発覚したときにはその執行猶予の言渡を取り消すべき旨を定めたものに過ぎず、同一の犯罪について二重に処罰する趣旨でないことは極めて明白なところであるから、同法条が憲法第三九条に違反するものでないことはすこしも疑の存しないところである。所論は独自の見解に基いて原決定を非難するものであるから採用の限りでない。
一、第二点について。
刑法第二五条は裁判所が執行猶予を言渡すことができる条件の一つとして、「前ニ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコトナキ者」という事由を挙げている。換言すれば、当該被告人に右の事由が存するときは法律上執行猶予の言渡をすることはできないものであるから、裁判所が前科の存する事実に気付かず、執行猶予の言渡をしてもそれは本来違法の裁判であり、従つてその確定後と雖も是正を図る必要の存することは理の当然であるといわなければならない。これを裁判を受ける立場にある被告人側からみても、被告人はもともと執行猶予の言渡を受けることのできない身分上の制約をもつているものであるから、仮に後日にいたり、さきに誤つて言渡された執行猶予を取消されても、それは本来受くべかりし裁判を受けた結果となるに過ぎないものというべきであつて、これにより特に不利益を蒙るものということはできないのである。所論は右の如き執行猶予取消の制度は国家公権力を行使する側の一方的都合によつて一旦確定した判決の効力を変更し、被告人に極めて不利益な結果をもたらすものであるから憲法の精神に反すると主張するけれども、本件のような執行猶予の取消制度は確定判決の効力をみだりに変更するものではなく、また特に被告人に対して予測し難い特段の不利益を蒙らせるものでないのは勿論、なんら憲法の精神にも違反するところはないから所論はいずれも採用できない。
(花輪 山本 下関)